狭心症・心筋梗塞の話「胸が痛いとは限らない」

心臓は、全身に血液を配るポンプの役割を果たしていて、1日に約10万回、一時も休むことなく収縮と拡張を繰り返しています。その心臓も、自ら動くためには酸素や栄養素が必要です。それらは、心臓の栄養血管である、冠動脈(カンドウミャク)、によって、心臓の筋肉(心筋)へ補給されています。

冠動脈は、直径わずか3mm~3.5mm程度の細い血管ですが、動脈硬化病変や血栓(ケッセン)によって塞がれたり細くなったりすることで、狭心症や心筋梗塞発症の舞台となります。

30分以上冠動脈の血流が途絶すると、心筋は壊れ始め、心筋梗塞へ移行します。狭心症は、心筋が壊れる前の段階で心筋への血流が回復するため、症状は普通1分以上5分以内、長くとも20分以内で消失します。発症のメカニズムが同じために、狭心症と心筋梗塞を合わせて、最近では急性冠症候群(ACS)と呼ばれるようになっています。

ACSの症状で最も有名なのが、左胸が締め付けられるような、前胸部が焼けるような、等の胸痛です。ところが実際にこのような典型的な症状を訴えられる症例は約半数にとどまります。

胸痛以外の症状で我々が良く経験する例として、心窩部痛(シンカブツウ:みぞおちの痛み)が挙げられます。この症状が厄介なのは、患者様の訴えとしては、「胃が痛い」という表現になることです。そのため、胃の検査が優先されてしまう場合もあります。その逆に「胃が痛い」と訴えられ救急車で運ばれて来た患者様に我々が心電図をとろうとすると、「私は胃が痛いのに、関係のない心電図を取るなんて、ここは儲け主義の病院だ!」とお叱りを受けるのも一度や二度ではありません。勿論、ご説明をした後はご納得頂けるのですが。

ちょっと変わった症状としては、肩、首や顎の痛み、歯の痛み、右胸の痛み、などがあります。これらは放散痛と言いますが、心臓は内臓であるために、体表面で「ここ」と指せる痛みではなく「このあたり」という表現になります。

ACSの症状は、上半身のどこに症状が出ても不思議ではないことになります。

また、高齢者や糖尿病を患っている患者様が狭心症や心筋梗塞を発症した場合、痛みを訴える自律神経が傷害されているために痛みを自覚しにくくなっていて、胸痛や放散痛の症状が全くない場合もあります。これらを無痛性心筋梗塞と言い、近年増加しています。痛みがないのは良いように思われるかも知れませんが、痛みは体を守るための警告で、「無痛」は却って心臓に無理をさせ病状を悪化させる原因となります。

これらの患者様の症状としては、心不全による症状(動悸、息切れ、喘息様発作、等)や、不整脈による症状(意識消失、めまい、痴呆様症状、等)、などなど、多彩です。

ACSの診断としては、心電図検査が簡便な方法ですが、症状がない時に、いくら心電図を取っても正常と言われることも多く、いつ(どの様な時に)、どの様な症状が、どの位の時間持続するのか、を主治医に正確に伝えることが肝要です。(2006/10/12掲載)